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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(あ)3616号 判決

被告人C

主文

本件上告を棄却する。

理由

検察官の上告事件受理申立理由(一)について

本件第一審判決の判示するいわゆる火焔瓶が爆発物取締罰則にいう爆発物にあたらないことは、本件と同様の構造と性能を有するいわゆる火焔瓶について、昭和二九年第三九五六号同三一年六月二七日言渡大法廷判決の判示したところに徴し明らかであるから、論旨は理由がない。

同(二)について

刑法は、同法一一〇条の放火罪について未遂を罰しない。従つて同条の放火罪が成立するためには、放火の手段に用いた媒介物の火が同条所定の物に燃え移り独立して燃焼する程度に達し、よつて右物の焼燬により公共の危険を生ぜしめたことを必要とすることはいうまでもない。原判決の是認した第一審判決の判示したところによれば、本件被害自動車の運転台座席覆布の一部を焼燬していることは明らかであるが、それは本件火焔瓶の使用によるガソリンの燃焼の結果であることが認められるというにとどまり、火焔瓶の火が自動車自体に燃え移り独立して燃焼する程度に達し右自動車を焼燬した事実は第一、二審判決の認定しないところであるから、本件については所論のように公共の危険が生じたか否かを論ずるまでもなく刑法一一〇条の放火罪は成立しなかつたこと明らかである。されば原判決が右放火罪の成立を否定したことは結局において正当であつて、論旨は理由がない。

よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)

大阪高検検事長藤原末作の上告受理申立理由

右の者に対する爆発物取締罰則違反、殺人未遂、放火被告事件につき、昭和二十八年六月一日、大阪高等裁判所が言渡した判決は、(イ)爆発物取締罰則の規定する「爆発物」の解釈、及び(ロ)刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」の解釈につき、重要な事項を含むものと認められ、最高裁判所の判断を求める必要があるので、同年六月十三日、刑事訴訟法第四〇六条、刑事訴訟規則第二五七条、第二五八条により、上告審としての事件受理の申立をなし、同月十六日、判決謄本の交付を受けたので、刑事訴訟規則第二五八条の三により、ここに、その理由書を提出する。

第一、第一審判決理由の要旨

(イ) 第一審神戸地方裁判所は、昭和二十八年一月十日、被告人に対する検察官の「被告人は氏名不詳の男数名と共謀の上、昭和二十七年七月十五日午後五時頃、尼崎市昭和通五丁目一八一番地所属の阪神国道道路上に於て、米国駐留軍軍人を殺害する目的を以て、川口好明運転通行中の一九五一年型シボレー四扉付セダンU・S・A一八四五三三号米軍用乗用車に対して、濃硫酸、ガソリン及び塩素酸カリ等の人の身体財産を傷害、損壊し得べき薬品を、硝子瓶に調和配合して製出し、他のものと衝突摩擦に因つて、急激なる燃焼爆発の作用を惹起する装置を有する所謂火焔瓶を投擲使用して、右自動車に火を放ち、以て右車の内部を焼燬し、右川口に対して、全治約三ケ月を要する顔面、両上肢、頸部、両眼角膜等の火傷を負はせた外、左側頸部に裂創を与へて、公共の危険を生ぜしめたに止り、殺害の目的を遂げなかつたものである」との爆発物取締罰則違反、殺人未遂、放火罪の公訴事実に対し、単に「被告人は二十才未満の少年であるが、氏名不詳の男二名位と共謀の上、昭和二十七年七月十五日午後五時頃、尼崎市昭和通五丁目一八一番地所属の阪神国道において、同所を西進中の米国駐留軍用乗用車に対し、所謂火焔瓶(サイダー瓶様の容器の内部に、濃硫酸ガソリンを入れ瓶の外部に、塩素酸カリを紙で貼りつけて、その容器を破壊することにより、ガソリンが燃焼するように装置したものを投げつけ、右乗用車に命中破壊させた。そのため、割れた瓶から流れ出た濃硫酸と燃え上つたガソリンによつて、同車の運転手川口好明(当時二十一年)は、顔面、両上肢、左手背手掌、右手背、頸部、前胸、背部に治療約一ケ月を要する火傷を負い、視力回復に約三箇月を要する両眼角膜火傷と左側頭部に裂傷一箇所等の傷害を受けた」との傷害の事実を認定し、刑法第二〇四条、第六〇条、少年法第五二条第一項第二項を適用し、被告人を二年以上四年以下の懲役に処する旨の判決を言渡し、爆発物取締罰則、殺人未遂、放火の訴因については(1) 本件火焔瓶は爆発物取締罰則にいわゆる爆発物ではない。(2) 本件放火には公共の危険が発生していない。(3) 殺意に関し十分な証明がないと判示し、すべて無罪の言渡をしたのである。

(ロ) 第一審判決が本件火焔瓶を、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物でないとする理由の要旨

而して第一審判決が本件火焔瓶を、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物でないとする理由の要旨は、「鑑定人山本祐徳の鑑定によれば 爆発物とは、広い意味では、或る物質が急激に体積を増大する現象を言い、例へば高圧酸素ボンベが破裂する場合の如き、全く物理的の爆発も含まれるのであるが、通常は化学反応によつて一時に大量のガスを発生し、同時に多量の熱を発生して、そのガスの体積を急速に増大させる現象を言い、この化学的な反応を伴つたものを狭義の爆発というのである。而してかような化学的爆発現象にも二種類ある。その(一)は、燃焼の急激なもの、例へば、炭を細かくして炭塵とし、これを空気中に浮遊させて、火をつけると、炭塵爆発を起す如きであつて、この意味の爆発は、燃焼の延長と見るべく(爆発は燃焼の速度が極めて大きく、毎秒数百米に達する)黒色火薬の爆発の如きも之に包含される。その(二)は物質の急激な分解により爆発現象を起すもので、例へばダイナマイトの爆発の如き、右の燃焼の延長とみられる爆発より一層速度が大きく、毎秒数千米の速度で、爆発が進行するという。従つて物理上、化学上の意味では、このような爆発性能を有するものが爆発物であるということができるであろう。然し、物理上、化学上の意味における爆発物の範囲は、極めて広汎で、そのまま法律概念として持来つて処罰の対象とするということは、当を得ないから、法律的にこれに限定を加える必要がある。ところで爆発物取締罰則の規定を見ると、治安を妨げ、又は人の身体、財産を害する目的を以つてする爆発物の使用に対する刑が著しく重いが(第一条)、特に注目されるのは、爆発物を使用するに至らない予備的諸行為についても、三年以上十年以下の懲役又は禁錮を科しておるのに(第三条、第五条)、刑法は殺人又は放火の予備罪については二年以下の懲役に止まつている(第二〇一条、第一一三条)。又犯人蔵匿若しくは罪証湮滅の罪についても、刑法の二年以下の懲役又は壱万円以下の罰金(第一〇三条、第一〇四条)に止るのを、罰則は十年以下の懲役又は禁錮を科するが如く(第九条)、刑法の規定と比較して法定刑が極めて重く、更に爆発物使用の脅迫、教唆、煽動、共謀に止る者も(第四条)、爆発物を発見し、又は爆発物に関する犯罪を認知して警察官吏等に告知しない者(第七条、第八条)も罰し、或は立証責任を転換する如き規定(第六条)を設けている。このように爆発物取締罰則の法定刑の著しく重い点を考慮するときは、右罰則の目的とするところは危険の発生する可能性の極めて大なる爆発物に対する取締を厳重にし、公共の安全を確保せんとするにあるものと謂うことができる。この観点から、同罰則にいわゆる爆発物とは前記の如き物理的、化学的、爆発を惹起するもののうち、強力な爆発力を有し、しかも、その爆発作用に因り、公共の平和を攪乱し、又は人の身体財産に被害を加える危険の発生する可能性の、著しく大きなものに限定しなければならない。大正七年五月二十四日、同年六月五日の大審院判決もこれと同趣旨と考えられる。ところで、本件火焔瓶は、サイダー瓶位の硝子瓶に、ガソリンと濃硫酸を入れ、瓶の外側に少量の塩素酸カリを紙で貼りつけたもののようである。而して、右のような構造装置を有する火焔瓶は、瓶そのものは爆発によつて破裂するものではなく、瓶の中の濃硫酸を、外側の塩素カリにふれさすために投げつけて、瓶を割るのであつて、普通爆弾のような、密閉した中の物が、強力な膨張力で破裂する場合とは大きなちがいがある。而してこの瓶が割れて流れ出した濃硫酸が、外側に紙で貼りつけた塩素カリにふれると、塩素酸カリは分解作用を起し、熱を発生して発火し、同じく瓶の中から流れ出ているガソリンに点火することになる。いわゆる火焔瓶のねらいは主として、このガソリンの燃焼による目的物の焼燬にあるのであつて、(もつとも濃硫酸による腐蝕作用も無視しえないが)その危険性もそこにあり、その爆発性にあるのではない。もつとも塩素酸カリに濃硫酸がかかると発熱を伴つて、塩素酸となり、更にこれが分解して、酸化塩素となり、更に酸素と塩素に分解する。この経過は爆発的に進行するのであつて、この爆発的分解は、前述の化学的爆発の一種であると称しうるのであるが、その威力たるや、全く微弱なもので、発火を利用してガソリンに点火する、いわばマッチの役目をするにすぎない。右の如き爆発作用自体には、治安を妨げ、又は人の身体、財産を害するような力はないのである。又この場合のガソリンの燃焼速度は、前述の爆発と称し得べき程の急激な燃焼ではないので、本件火焔瓶は法律上、前に示した意味における爆発物にはあたらないものと考える。火焔瓶は、瓶を破壊することによつて、自動的にガソリンが燃焼するように装置されているから、その炎上を阻止することの困難であることは予想されるが、前記のように、その危険性が主としてガソリンの焼燬力に基くもので、爆発性にあるのでない以上、罰則にいわゆる爆発物ということはできない。又、治安問題に名をかり、取締法規の不存在乃至不備を理由に、解釈の範囲を超えて、本件火焔瓶を爆発物として取扱うが如きは罪刑法定主義の原則を破るものであつて、刑事司法の任にあたるものの厳につつしまなければならないところである。火焔瓶の如きは立法当時予測せられなかつたものであるとしても、爆発物の概念のかなめをなすものというべき前記の如き爆発性能を有しないものに類推解釈をすることは許されない」といふのである。

(ハ) 第一審判決が、本件放火につき、公共の危険が発生していないとする理由の要旨

又、第一審判決が、本件放火につき、公共の危険が発生していないとする理由の要旨は、「本件火焔瓶の使用によるガソリンの燃焼の結果、被害乗用車の運転台の覆布の一部を焼燬していることは明かであるが、刑法第一一〇条第一項の放火罪が成立するには同項に規定する物を焼燬して、公共の危険を生ぜしめることを要し、右にいわゆる公共の危険とは刑法第一〇八条第一〇九条所定の物に延焼する危険があるか、その他一般不定の多数人をして、その生命、身体、財産に対し、危害を感ぜしめるにつき、相当の理由を有する状態の発生すること、(具体的危険)を意味するものと解すべきである。然るに証拠によつて認められる本件犯行の場所である尼崎市昭和通五丁目百八十一番地所属の阪神国道は、中央に電車軌道を有する幅員二〇・二米のアスフアルト舗装の車道で、その両側には幅員四・二米の歩道があること、被告人が火焔瓶を投げた際の自動車の位置と同車が停止した位置との距離は約十三米であり、その停止位置は歩道から約三・八米の車道上であること、犯行当日晴天で風はなかつたこと、火焔は運転台の窓から約一尺位上まで上つていたこと、証人神野好勝が直ちに消火器を持つて来て消火につとめたときの状況は、火勢は幾分衰え加減であつたが、初めと変りはなかつたこと、証人辻成晃が神野に続いて、消火器を持つて馳せつけたとき自動車は内部だけ燃えていて天井に焔が上つていたので、消火器をまどから差込んで消火に従事したこと、完全に消えるまで十分位かかつたことを考え合せると、本件犯行の場所は、車馬の往来頻繁で、道路の両側には、店舗その他の建造物が立並んではいるが、前に説示した意味における公共の危険が生じたものと言うことはできない。進行中の乗用自動車に放火して、これを焼燬した結果、運転手その他同乗者が火傷を負うた事実のみを以てしては、前記の如き公共の危険の発生を推測させるものではない。」というのである。

第二、原判決理由の要旨

仍つて原審検察官は、右第一審判決に対し、(イ)本件火焔瓶は、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物と解すべきものであり、原判決には、同罰則を適用しない誤がある。(ロ)本件放火には、刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」が発生しているのであつて、原判決が之を認めなかつたことは、事実を誤認したか、同法条の解釈を誤つたものである、等の理由に基き控訴の申立をしたのであるが、原裁判所は同年六月一日、検察官の右控訴申立を棄却した。而して原判決は、その理由として「本件の火焔瓶が爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当しないことは、原判決が極めて適切に説示している通りであつて、これ以上附加説明の要を見ない。原判決には大審院判決を誤解したといふ疑はない。法の解釈が法の目的乃至国家の目的に従つてなされねばならないことは所論の通りであるが、法は秩序の維持を生命とするのであるから、すでに実定せられた刑罰法令の解釈に当つては、特にいわゆる法的安定性を考慮すべきである。若し所論のように刑罰法令の解釈が法の目的だけを偏重することになれば、罪刑法定主義は失われ法治国家の実質は消滅するであろう。又放火の訴因について、控訴の理由のないことは、原判決が詳説している通りである」と判示したのみで、原裁判所独自の見解は遂に之を示さなかつたのである。

第三、上告受理申立の理由

(一) 原判決の爆発物取締罰則にいわゆる爆発物の解釈は、余りにも狭きに失し、不当である。

(イ) 爆発物取締罰則にいわゆる爆発物の定義について、同罰則は、何ら規定していないのであるが、同罰則の、草案理由書ともいうべき、明治十七年十二月十一日附参事院上申にかかる、「爆発物取締罰則説明」には「本則に爆発物と称するは、火薬取締規則に載する所の火薬劇発火薬より成立するものにして、激動摩擦若くは導火の作用に由て、直ちに爆発する物なり」と記載され、同罰則の施行せられた明治十七年当時において、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、同年十二月太政官布告第三十一号を以て施行された、火薬取締規則の規定する、火薬劇発火薬を成分とする物と考へられたことが、窺はれるのである。然しながら、右の解釈は、その後における科学の進歩と社会状勢の変化に伴つて、狭きに失し、同罰則の目的を達し得ないところから、大正七年五月二十四日及び同年六月五日の各大審院判決は、炸薬、雷汞、綿火薬、及び塩素酸カリ、硫酸入の小硝子管、鉄葉罐、銅罐を以て製造した擲弾、又は鉄製円筒体に炸薬を装填し、導火装置を施した物に関する案件において、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、「化学的其の他の原因により、急激なる燃焼爆発の作用を惹起し、以て公共の平和を攪乱し、又は人の身体財産を傷害、損壊し得べき薬品、其の他の資料を、調和配合して製出せる固形物、若くは液体を指称するものにして、自然に爆発作用を起すと、他の物との衝突摩擦に因りて、爆発するとを問はず、爆発物中に爆発を惹起すべき装置の存在することを要するものとす」との、極めて注目すべき解釈を示すに至つたのである。即ち右判決は、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物と解するためには、

(1)  その構造において、薬品その他の資料を、調和配合して製造した固形物又は液体であることを要するが、使用薬品、その他の資料の種類、量等は、之を問わないこと、

(2)  その作用において、急激なる燃焼又は爆発の作用を惹起することを要するが、それが化学的原因によるとその他の原因によるとを問わないこと、

(3)  その性能において、公共の平和を攪乱し又は人の身体、財産を傷害損壊し得る能力を有することが必要であるが、それが、直接に爆発作用自体に因るべきものであるとの限定はしていないこと、

を明かにしたものであつて、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物の定義として最も妥当なものというべく、本件火焔瓶が同罰則にいわゆる爆発物であるか、否かの判定も、右の基準に合するか否かによつて、決定すべきであると信ずる。

(ロ) ところで、本件火焔瓶は第一審判決の認定した如く、サイダー瓶位の硝子瓶に、ガソリンと濃硫酸を入れ、瓶の外側に強烈な発火剤である塩素酸カリの小量を、紙で貼りつけたものであるから、右判決のいう薬品その他の資料を調和配合して製出した、固形物又は液体である。又その作用は、之を目的物に投げつけることによつて瓶を割り、中から流れ出た濃硫酸を、瓶の外側に貼りつけた塩素酸カリに接触させ、之を発火させ、(塩素酸カリは、濃硫酸に接触すると発熱を伴つて塩素酸となり、更に、これが分解して酸化塩素となる。酸化塩素は更に酸素と塩素とに分解するが、この経過は、爆発的に進行し、化学的爆発の一種であることは、第一審判決の判示するところである。)ガソリンを燃焼させるのであるから、そこに化学的原因による爆発と同時にガソリンの急激な燃焼があることは、明かである。又その性能はガソリンの燃焼と濃硫酸の腐蝕作用により、他人の住居その他建造物を焼燬し、人を殺傷するに足り、昭和二十七年五月一日のメーデー、同年六月二十五日の朝鮮動乱勃発記念日を中心に、東京、大阪、名古屋市をはじめ、全国各地において、我国の基本組織を暴力を以て、破壊せんとする過激分子が、多数の火焔瓶を警察署、派出所、警察職員その他治安関係機関の住宅、駐留軍人の自動車等に投げ込んで、之を焼燬し、或は警備中の警察職員の集団中に投げつけ、多数の者に重大な傷害を与へ、治安を攪乱し、人心を極度の不安に陥れたことは公知の事実である。しかも火焔瓶はかかる過激分子が、専ら、他人の住居、建造物、自動車等を焼き、又他人を殺傷する目的のみを以て、製造するものであつて、材料の入手も製造方法も容易であり、治安維持上、厳重な取締を要するものであることは言をまたない。

このように本件火焔瓶は、その構造、作用、性能において、前記大審院の判決の示す、爆発物の要件を完全に充すのであるから、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物と解すべきことは、当然の事理に属するものと信ずるのである。

(ハ) 第一審判決は「爆発物取締罰則にいわゆる爆発物は、物理的、化学的爆発を惹起するもののうち、強力な爆発力を有し、しかも、その爆発作用自体により公共の平和を攪乱し、又は人の身体財産に被害を加える危険の発生する可能性の著しく大きなもののみに限定すべきである。ところが火焔瓶の塩素酸カリの爆発は、それ自体、微弱であつて大した威力はなく、発火を利用して、ガソリンに点火する、いわばマッチの役目をするに過ぎない。火焔瓶のねらいは主としてガソリンの燃焼による目的物の焼燬にあるのであつて、危険性もそこにあり、その爆発性にあるのではないから、本件火焔瓶はいわゆる爆発物ではない」旨判示し、原判決も右の見解を支持しているのであるが、前記大審院判決は「急激な燃焼爆発により、公共の平和を攪乱し、又は人の身体、財産を傷害、損壊し得る能力を有するもの」と判示しているのみであつて、(急激な燃焼と爆発との間には質的差はないのであるから、右の「急激な燃焼爆発により」とは、急激な燃焼又は爆発の意味で、急激な燃焼及爆発の意味ではないと解する。)爆発力が特に強大であること、又その爆発自体によつて、公共の平和を攪乱し、人の身体、財産を傷害損壊することは少しも要件としていないのである。

又右大審院判決を、第一審判決並に原判決のように殊更狭く解釈すべき合理的根拠も存しないのであつて、仮に爆発作用それ自体は微力であつても、その爆発作用を利用することによつて、必然的に燃焼を惹起し、その燃焼により、公共の平和を攪乱し、人の身体、財産を傷害損壊すべく考案、装置されたものは、その危険性において、爆発作用自体によるものと差別をつけ難いのであつて、之を社会的法律的に観察し、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物と解するのが当然である。今次大戦において、我国を焦土と化した、かの焼夷弾が爆発物取締罰則にいわゆる爆発物であることについては何人も疑を差挟まないと信ずるが、右の焼夷弾の構造は、弾腔に、極めて小量の炸薬と多量の燐又はテルミット等の焼夷剤を入れ、炸薬の爆発により、焼夷剤を燃焼させ之によつて家屋を焼燬するものである。しかも炸薬自体の爆発作用は極めて微少で、単に焼夷剤に点火する役目を有するに過ぎない。本件火焔瓶は、前記の如く、之を目的物に投げつけ、瓶を破壊することにより、自動的に、塩素酸カリが濃硫酸と接触して爆発発火し、ガソリンに燃え移るように考案装置され、之によつて他人の物を焼燬し或は他人を殺傷するものであつて、塩素酸カリの爆発とガソリンの燃焼とは、現象的にも、性能的にも、密接不可分の関係にあり、両者を分析し、各々の性能を別々に考えることは、科学的には格別、法律的には凡そ無意味である。しかも、マッチの役目を果す塩素酸カリの爆発作用こそ、火焔瓶の生命であつて、火焔瓶の危険性は、むしろ塩素酸カリの爆発性発火性にある。

第一審判決並に原判決の見解は、火焔瓶の果す機能を社会的綜合的に見ず、徒らに組成資料の機能を個別的に分析、観察し、しかも塩素酸カリの爆発作用を余りにも過少に評価したもので、承服し得ないのみならず、前記大審院判決の趣旨を誤解したか、又は殊更にその趣旨の縮少解釈を試たもので、全く不当である。原裁判所といえども本件火焔瓶が、公共の平和を攪乱し、人の身体、財産を傷害、損壊する性能を持つ危険の発生する可能性の大なるものであることは、恐らく否定し得ないであろう。しかも、之を爆発物取締罰則にいわゆる爆発物と解することを躊躇する理由の主なるものは、同罰則の法定刑、殊に爆発物を使用するに至らない、予備的諸行為を規定する第三条、第五条、犯人蔵匿、罪証湮滅に関する第九条の法定刑が、刑法の規定する殺人若しくは放火の予備、又は犯人蔵匿、罪証湮滅の罪の法定刑に比較して、極めて重いこと、罰則が、爆発物使用の脅迫、教唆、煽動、共謀に止る者を処罰し(第四条)、告知義務や、いわゆる挙証責任の転換に関する規定を設けていることにある。然しながら火焔瓶は一種の焼夷弾であつて、之が同時多量に使用された場合、社会の混乱は名状し難いものがあるであろう。今次大戦において、都市の蒙つた被害は、高性能爆弾よりも、焼夷弾によるものが、遙かに大きかつたことを想起すべきである。火焔瓶は、他人の生命、身体、財産に危害を加える外には、何等合法的な目的を有しない。しかも、我国における武力革命を企図している過激分子によつてのみ使用されるのであるから、之に対し、厳罰を以て臨むべきは、むしろ当然である。前記爆発物取締罰則説明も「夫れ爆発物の使用如何に由て、某国家に大害を与ふるは、欧米各国の方に憂慮して、之を撲滅するに怠らさる所なり、凡そ非常の大害あるものを禁遏せんと欲するには、亦必ず特別の法律を以て処置せざる可らず、是れ、本則を設くるの今日に必要なる所以なり、本則に於いて最も悪人で痛く禁遏を加えんと欲するの主眼は爆発物を使用するの目的と其使用する物品とに在り、故に苟も他に危害を与えんと欲して、爆発物を使用するものは、其の治安を妨ぐると、人の身体、財産を害するとを問わず、之を同一の刑に処す、他なし、其危害をなすの大小軽重にあらずして、爆発物を使用するの目的と又其使用したる物品の爆発物たるとを悪みてなり云々と説明しているのであつて、原判決の解釈は、火焔瓶の使用せられる背後関係を無視し、爆発物取締罰則の右立法の目的に反するものといわねばならない。又法定刑の高いことから、その適用の対象を限定することは、全く本末を顛倒した論議というべきである。凡そ法は、その目的に従つて解釈せらるべきである。特に爆発物取締罰則の如き治安上重大な取締法規については、前記大審院判決並に明治二十五年一月十四日、大正九年十月二日の各大審院判決の示すが如く、区々たる法文の字義にこだわることなく、法の真意を探求し、社会の実情に即した、合目的的な解釈が打ちたてらるべきで、本件火焔瓶を同罰則にいわゆる爆発物と解することは、原判決の説示するように、実定法の安定性を破るものでもなく、又第一審判決の説示するように、類推解釈をするものでもない。原判決並に第一審判決の如く、本来その性能において不可分の関係にある塩素酸カリの爆発作用とガソリンの燃焼作用とを殊更に分離し、塩素酸カリの爆発作用が微弱であるから、爆発物でないと解するのは、折角の爆発物取締罰則を死文化し、正当な解釈ではないと思料する。

(二) 原判決には刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」に関する解釈を誤つた違法がある。

(イ) 刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」は一般に同条の規定する物を焼燬し、因て第一〇八条及び第一〇九条の物に延焼せんとし、其他一般不定の多数人をして、生命、身体及び財産に対し、危害を感ぜしむるに付相当の理由ある状態を発生させること」であると解され、刑法第一一〇条の規定する物を焼燬し、第一〇八条及び第一〇九条の物に延焼の危険を発生させたときは、それが単一の個人の物であつても「公共の危険」が成立する。又不定多数人の生命、身体及び財産に対し危害を与える危険を発生させたときは、第一〇八条及び第一〇九条の物に延焼の危険が発生していなくても、第一一〇条の「公共の危険」が成立するのである。これを本件について見ると、被告人が、川口好明の運転する乗用自動車に、火焔瓶を投げつけ、運転台の覆布の一部を焼燬した場所は、尼崎市昭和通五丁目一八一番地先の阪神国道上であつて、その幅員は、二〇・二米である。又その両側には、幅員四・二米の歩道があり、歩道の両側には、刑法第一〇八条の規定する人の住居、人の現在する店舗、建造物等が立並び、人、車馬、自転車等の往来が極めて頻繁な場所である。而して、被告人は、右国道の中央にある電車軌道の左側を時速二十五哩乃至二十八哩の速力で西進中の乗用自動車に、本件火焔瓶を投げつけ、これを運転手川口好明の左頭部に命中させたため、瓶が割れ、塩素酸カリの発火及びガソリンの燃焼により、同人は上半身、火達磨となり、十三米前進し、歩道から約三・八米の車道上で急停車し漸く、車から逃げ出たのであるが、当時、同自動車からは、黒煙が激しく立上り、又運転台の窓から火焔が一尺も高く上り、之を消火するのに約十分を要したのである。幸い、右川口好明の臨機の処置、神野好勝、辻成晃等の機敏な消火活動により、実際には、附近の住居、店舗、建造物等に延焼せず、又不定多数人の生命、身体、財産等に危害を加える事態も発生せず、同自動車運転台の覆布の一部を焼燬するに止つたのであるが、若し同人等において右の臨機の処置に出なかつたならば、火は自動車のガソリン、タンクに引火爆発するか、或いは自動車が火焔に包まれたまま、附近の人家、店舗等に突入し、之等の人家、店舗を焼燬する危険は、客観的に十分に存したのである。又附近在住の人々或いは通行人において、このように街路進行中の乗用自動車が突然、身近の場所で、黒煙を吹き出して急停車し、運転台の窓から一尺も高く焔を上げて燃える状態を目撃したならば、何人といえども、自己の生命、身体又は自己の住居、店舗等に延焼の危険を感ずるのであるから、本件において「公共の危険」が発生したと解するのが相当である。原判決並に第一審判決は、いずれも、本件放火には、「公共の危険」が発生していないと判示しているが、右は刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」の解釈を誤つたもので失当である。

(ロ) 又刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」の成立には、蓋然的損害の主体が、常に不定多数であることを要しないのであつて、単一の個人に属する法益であつても、その法益が重大であり、之に対する危険が発生した場合には、同じく「公共の危険」が発生したものと解すべきである。刑法第一〇八条が、特定の個人の住居又は特定の個人の現在する建造物等の焼燬につき、放火罪の成立を認めたのは、被害法益が人の生命、身体又は住居、建造物等重大であつて、当然に「公共の危険」が発生していると解されるからである。従つて、刑法第一一〇条の場合においても、人の生命、身体に危険を及ぼす蓋然性があるときは、その人が不特定多数人たることを要しないと解するのが相当である。(牧野、刑法各論上巻第八八頁、同刑法研究第二巻二三六頁参照)第一審判決は、被告人が進行中の乗用自動車に放火して、これを焼燬した結果、運転手その他同乗者が火傷を負うた事実のみを以てしては、「公共の危険」の発生を推測させるものではないと判示し、原判決も、之を支持しているのであるが、自動車内に運転手川口好明が現存し、同人の生命、身体に危険を及ぼした以上、仮に本件放火において刑法第一〇八条、第一〇九条の物に延焼する危険がなく、又不定多数人の生命、身体、財産に危険を及ぼす状態が発生していないとするも、右のような理由により、なお「公共の危険」の成立を認むべきである。原判決並に第一審判決は、この点からするも、刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」の解釈を誤つているのである。

以上述べるが如く、原判決は、爆発物取締罰則の規定する「爆発物」の解釈及び刑法第一一〇条の規定する「公共の危険」の解釈につき、重要な事項を含んでおり、之に対し承服し難いので、事件受理の申立をした次第である。

(昭和二八年六月二六日)

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